2018年12月10日(月) 09:06 JST

ネット右翼に読んでほしい「浅田次郎 天切り松 闇がたり」1

浅田次郎の「天切り松 闇がたり」が大好きだ。
明治大正昭和を駆け抜けた野盗の人々の義理と人情と正義の生きざまが江戸言葉で語られる。
本屋で見つけた文庫本の3巻4巻(集英社文庫)を一気に読んだ。1巻2巻を読んだのは5年くらい前か?

読んでいてこの作品の中に反戦の心意気が溢れていることに気がついた。1巻2巻はどうだったのか?思い出せない。あまりにも素晴らしい言葉の数々を書き留めてみた。

 

 

3巻「初湯千両」
~青島要塞の攻撃じゃ、大勢の兵隊さんが死んだんだろ。シベリア出兵だって、きっと大勢が死んでるんだ。この景気はよ、兵隊さんが命と引きかえたんだと思うんだけど、どうして人が死ねば景気がよくなるんか、おいらにゃそれがわからねぇ。~

~「青島占領っていつの戦争ですか?」
「第 1次世界大戦、ドイツが世界中を敵に回して戦った戦争だ。べつに日本がどうこう言う筋合いじゃなかったんだが、日英同盟がなんとやらで、支那の青島にあっ たドイツ軍の要塞を攻撃したのさ。おかげで景気はよくなる、南洋の島は手に入る、まさしく漁夫の利をせしめた天佑神助ってこった」
「ふうん---で、シベリア出兵ってのは?」
「こいつも笑わせる。ロシアに革命が起こったとかどうとかで、そんなこたァよその国の勝手だからやっぱどうこう言う筋合いじゃなかったんだが、行け行けとばかりに出兵しやがった。どっちも売られた喧嘩じゃねえぞ。せずともいい戦をして、兵隊を大勢殺しやがった。~

~軍曹という軍人の階級は、長屋住まいの貧しい子供らの憧れだったのだ。
幼年学校や士官学校に行って将校になるのは金持ちの子供と決まっている。尋常小学校で読み書きだけを習って小僧に出るのが、長屋の子供らの宿命だった。中には松蔵のように、その小学校すらも満足に通えぬ子供もいたのだから。
下田屋車坂の貧乏長屋にも、ときどき年老いた在郷軍人がやってきた。用事はべつにないのだが、これ見よがしに立派な軍服を着、勲章を胸にかけつらね、サーベルをさげて立ち寄るのだ。
彼らが茶飲み話に口にすることは決まっていた。
息 子さんを小僧に出すのも結構だが、何年か奉公に行かせたあとは軍人になさい。いずれは徴兵が待っているのだから、なまった体で辛い思いをするよりは志願し て職業軍人になったほうが利口です。第一、ご飯の食いっぱぐれがない。そのうえにたいそうな給金までもらって、一等卒、上等兵、伍長と星の数も増やしてい けば、やがて泣く子も黙る鬼軍曹だ。で、四十くらいで退役すれば、貯めた金で煙草屋でもやればいい。これは軍国日本に生まれた、最善最高の人生だと思いま すがね。どうです。~



~ よその国のごたごたに首つっこんで、親も子もある七万人の兵隊をシベリアくんだりまで送り出すてえのは、いってえどういう料簡なんで。よしんば議会が料簡 したって、天皇陛下が料簡しなすったって、この説教寅は承知しねえ。おうぅ、大将。喧嘩てえのは、売られて初めて買うもんだ。~