2018年11月14日(水) 18:44 JST

ネット右翼に読んでほしい 浅田次郎 「天切り松 闇がたり」 2

浅田次郎 「天切り松 闇がたり」 第4巻 昭和侠盗伝 
3 巻から時は移り時代は昭和。満州国を牛耳る関東軍の勢力伸長に伴い力をつける陸軍は中国大陸への更なる振興を図るなか東京は軍国主義の空気が立ち込め始め る。盗っ人一家の周囲も例外でなく身近な人が徴兵に取られていく。戦争の最大の被害者いつも弱者だ。そんな時代に盗っ人一家は仕返しを図る。

安易なネット右翼諸氏には戦争美化に加担することが自らの首を締めることになることを学んでほしいものだ。

 

~「イサのところに、赤紙がきやがたったんで」
松蔵は息を詰めた。寅弥がわが子のように可愛がっている勲は、腕のいい旋盤工である。父親が大正七年のシベリア出兵で死んで以来、寅弥は未亡人とその息子の勲を、十五年も支え続けているのだった。
吐き棄てるように言ったとたん、寅兄ィの大きな目がみるみる潤んだ。それはヤキが回ったからではない。勲と勲の母は、寅弥の宝物だった。
「そうかい。そりゃあまったく、とんでもねえ話だ」
親分の声も、それきり溜息に変わってしまった。
「満州だけじゃ飽き足らず、支那まで取ろうてえ魂胆ですかい。そう考えるのはお国の勝手だが、真っ先かけてくたばるのは、百姓の倅やそこいらの丁稚や職工だ。」
(中略)
(いいか。おめえ、でかくなったら、徴兵検査なんざ行くんじゃねえぞ。兵隊なんざ行かずに懲役に行け。そのほうがなんぼかましだ)
昏(く)れなずむしじまの中で、寅兄ィまでが鼻をすすり始めた。嘆くほかに、どうすることもできぬというふうに、寅兄ィは声を絞って泣いた。
もうひとつ、寅兄ィの言葉を思い出した。
(どんなやぶれかぶれの世の中だって、人間は畳の上で死ぬもんだ)
それはたしかに、説教強盗の寅兄ィの声ではなく、二百三高地の一番乗りを果たし、東堡塁のロシア軍砲台に高々と日の丸を翻した、河野寅弥軍曹の言葉だった。
寅兄ィは今も、満州の赤い夕陽の中に立ちつくしているのだった。
「イサの代わりに死ねるんなら、俺ァもういっぺん戦に出てやりてえ」~


~無理難題にァちげえねえ。したっけ新聞も学者先生も物を言えねえきょうびのご政道にァ、いささか腹(原文は月編に土)を据えかねている。~



~「何か面白え事件でもあるかい」
「相変わらず満洲国万歳ですねえ。あとは、九段の軍人会館落成式と、万世橋の広瀬中佐の銅像の前で三十年祭てえのが写真入りです。見ますかい」
「ふん。くそ面白くもねえや。日本にァこのごろ盗っ人もいなくなったらしい」
「そうじゃあなくって、お国ぐるみで盗っ人をしてるもんだから、町なかの盗っ人なんざ新聞ネタにもできねえんでしょう」~



~「なあるほどな。赤紙で洟(はな)をかむわけにァいかねえが、せめて屁のつっぱりか。~



~ 桜の蕾もちらりほらりと綻びかけた春の宵、折しも満州から帰国中の鬼頭閣下が参内をおえての帰りがてら、関東軍参謀の錚々を引き連れて、向島河岸は花龍の 奥座敷に乗り込んだと思いねえ。関東軍と言やぁ、帝国陸軍の精鋭八十万を抱える大所帯(おおじょてえ)、ましてや満州国が日本の生命線なら、そこを牛耳る 関東軍総司令官は総理大臣だって物も言えねえ貫禄だ。~



~ありありと瞼にうかんだものは、宮中で拝謁を賜った陛下のお顔である。関東軍に対してご下問になりたいことは山ほどもおありなのだろうが、陛下が将軍にお訊ねになったことはただひとつであった。
「三千八百万人の満州国民に対し、わずか五十万の日本人入植者が、あたかも支配者たるがごとき優位を誇っておるようなことはないか」
「謹んでご奉答いたします。満州における日本人入植者はいまだ五十万人ではありますが、我が関東軍は八十万の大軍を擁しますれば、その生活の安全にはいささかの不安もございません」
もし見間違いでなければ、陛下はそのとき竜顔を歪められた。
(中略)
どのような答えもご辰念に添うことはあるまい。そもそも陛下は、日本の大陸進出にご疑念をお持ちなのだ。答えようのない将軍の立場を慮って、ご下問を呑み下されたのだと思う。
陛下は満州の実情を憂慮なさっておられるのであろう。しかし、ごしん念は虚しい。さる学者が弁舌したとおり、実は陛下ご自身も国家の一機関たるにすぎないのだから。国家はすでに、方向を定めて動き出してしまった。~


~「ねえ旦那。あっしァ、こんなつもりで二百三高地に日の丸を立てたわけじゃねえんですぜ。これで戦が終(しめ)えになると思ったればこそ、てめえが死ぬ気で戦ったんです。倅がもういっぺん同じことをしなけりゃならねえなんて、話がひどすぎやしませんかい」~

~ 金鵄勲章だか大勲位だか知らねえが、そのくだらねえおもちゃをかっぱらったのァ、たしかに俺が手下にちげえねえ。だからどうした。体を張って盗みをする のァ、紙っぺら一枚(いちめえ)で人の命をかっぱらうよりよっぽどましだろうが。てめえの飼い主はそれ行けやれ行けと、笛を吹きいの太鼓を叩きいの、聞く ところによりァ何だ、九段下にご大層な軍人会館をおっ建て、万世橋の広瀬中佐の銅像に祝詞を上げて、三十年祭のなんのと大騒ぎをしたそうじゃねえか。つい でに芝の青松寺で、廟行鎮の敵陣に爆弾かかえて突っこまされた、肉弾三勇士の銅像の除幕式とやらをやらかそうてえんだから、悪党もここまで来れァ始末にお えねえ。いいか、おしろい。俺たちァたしかにお天道様に背を向けた盗っ人だが、人の命を盗んだためしァ天に誓って一度もねえ。帝大出や士官学校出のおつむ の中じゃあ、人の命は紙っぺら一枚より軽いらしいが、どっこいこの尋常小学校出のおつむじゃあ、どう考えたって命の重さは地球の重さだ。~


~(東郷平八郎宅に勲章を盗みに入った松蔵と東郷平八郎元帥の会話)
「なるほど、よか面構えじゃ。ときに、おはん。なぜ勲章などを欲しがる」
いきさつを語ろうとすれば長くなる。松蔵は胸の中で言葉を選り分けた。
「せずともいい戦に駆り出された、兵隊の胸に飾ってやりとうござんす」
丸い大きな瞳で松蔵をじっと見据えたまま、元帥はしばらく考えるふうをした。
「よくぞ言うた。戦はせぬに越したことはない」
「何とおっしゃいやす」
「俺 (おい)が言うのだから、間違いではない。俺の初陣は薩英戦争じゃった。そののち、戊辰の戦では軍艦春日に乗り組んで、幕府の軍艦開陽と戦(たたこ)う た。日清戦役の折は軍艦浪速の艦長ば務めた。日露戦役の手柄は、今さら言うべくもあるまい。じゃっどん、戦というものはどれも、外交の不始末によって起こ るものじゃ。せぬに越したことはなく、いわんや好んでするものではない。なぜであるかは、わかるか」
松蔵はにべもなく答えた。
「勝とうが負けようが、人が死にやす」
元帥はゆったりと肯いた。
「百点ばくれちゃる。勲章は山ほども頂戴しておるが、すべてそこの手文庫にお納めしてある。好きなようにせよ」
(中略)
「そうだ、勲(いさしお)は、軍服の胸に飾るものではない。しっかと男の胸に括りつけよ。目に見えるお宝など、たかがしれちょる」~


~ 大東京に花も盛りとなった頃、芝高輪は青松寺の境内に、雁首揃えましたるは大日本帝国陸海軍の将軍提督、いってえ何が始まるものやら、上海事変は廟行鎮の 敵陣に、玉と砕けた肉弾三勇士が銅像の除幕式だ。江下、北川、作江といやァ、その頃ガキでも名前を知る軍神だった。だがよ、考(かんげ)えてもみねえ。神 と崇め奉られようが、死んで花実が咲くもんか。ましてや三人のおふくろを、わざわざ郷里(くに)から呼び寄せて、あっぱれ軍国の母でございと、幕落としの 紐を引かせたてえんだからひでえ話しさ。それにしたって、ちょいとは神様らしい銅像ならまだわかる。腹痛めたわが倅が、長(なげ)え爆弾筒を三人で横抱き に抱え、今し敵陣に突っ込むてえ姿形の銅像だてえんだから、おふくろにしてみりゃ目をそむけたくなる代物さ。~


~二百三高地で死なせてしまった部下たちの中には、幼い子を持つ兵隊もいた。彼らの屍(かばね)を踏み越えて一番乗りを果たした堡塁に、累々たる骸を晒していたロシア兵の中にも、子を持つ兵士は大勢いた事だろう。
子を亡くした親は事情を知っているが、父親を失った幼子は不幸を埋める術を知らぬと思いついたときから、寅弥は生き残った者の苦しみに身を灼いた。三十人の小隊は分隊長の寅弥と、幸運な若い兵隊との二人きりを残して全滅したのだった。
だから、勲の父親がシベリアで死んだと知ったとき、生涯をかけてこの子供の不幸を埋めてやろうと思った。いや、勲のためにではなく、自分の為にそうしようと決めた。
(中略)
「イサ、俺ァ万歳はしねえぞ。どいつもこいつも、おかしいじゃねえか。死ぬかも知らねえ戦に出るのが、なぜめでてえ」
額をごつんと合わせ、寅弥はこの頃すっかり遠くなって目で、勲の瞳を覗きこんだ。
「万歳を言うかわりに、俺ァいっぺんだけおめえに説教をする。いいか、まちがったって実のてて親のところになんざ行くな。もう一度俺のところへ帰(けえ)ってこい。死んで軍神になるくれえなら、生きて卑怯者になれ。いいな、イサ。おっちゃんと約束しろ」
勲は寅弥の顔を見つめたまま、そっと呟いた。
「おっちゃん、人に聞こえちまう」
「聞こえたってかまやしねえ。悪いのは俺じゃなくって、大日本帝国だ。分かってくれ、イサ。どんなやぶれかぶれの世の中だって、人間は畳の上で死ぬもんだ」~