2018年9月25日(火) 22:26 JST

ネット右翼に読んでほしい「浅田次郎 天切り松 闇がたり」3

浅田次郎、58歳。思っていたより若い。
人呼んで「平成の泣かせ屋」。
筆者の戦争への考え方が透けて見える文章ばかりを選んだが、「天切り松 闇がたり」、泣かせる話ばかりである。正義と人間愛に溢れる人間が描かれている。泣かされまくるので、文章が巧すぎる詐欺師ではないかと思うこともある。



浅田次郎 「天切り松 闇がたり」 第4巻 日輪の刺客 より 

盗っ人「百面相の常」が語る
~ 「まあ、昨今の軍人たちや、軍部の身勝手な行動を見るにつけ、その青年将校たちの言わんとするところもわからぬではないがね。しかし世界の趨勢を見るに、 やはり天皇絶対だの国体顕現だのという言葉は時代錯誤も甚だしい。軍隊を改革するというのならば、今少し合理的近代的な思想を取り入れねば、このさき妙な ことになると僕は思うのだが」
「あの軍人たちは、軍隊をそんなふうにしようと考えているんですかね」
「さあな」と、常兄ィはテラスの先に目をやった。
「い くら陸大でのエリートでも、明治の建軍以来独特の進化をしてしまった軍隊を、一朝一夕に変える能はあるまい。何しろ彼らは、幼年学校と士官学校を通じて、 軍人は一切政治に関わるべからずという教育を受けているのだからね。社会勉強など何一つしてはいない。新聞も雑誌も読めずに子供のころから軍人として純粋 培養されて、参政権すら持っていないのだから。そんな連中に、どうやって国家が変えられるというんだね」~

 

皇軍将校の典型のような相沢中佐が盗っ人一家の親分に語る
~「兵は皆、天皇陛下の赤子であります。すなわち将校たるものは、陛下の赤子をお預かりしている。そのかけがえのない命を、たとえ戦とはいえ失ってしまうのは将校の罪です」
「わからねえ。その兵隊を、やれ行けそれ行けと命令して殺しちまうのは、あんたら将校の仕事だろうが」
「現今の支那大陸の戦には大義がありません。軍中央部が財閥と結託して、勝手に軍を動かしておるのです。これは明らかに統帥権の干犯(かんぱん)であります」
「だとしても、あんたの責任じゃありますめえ」
「いや。罪を看過することも、また罪であります。しかるに自分は伊勢神宮に詣でてわが罪を詫び、先程は明治神宮のお社で不忠をお詫びしました。明日は宮城で、二重橋の下から陛下にお詫びし、靖國に詣でて英霊にお詫びいたします」
「やっぱり馬鹿か」~



陸軍省軍務局長永田鉄山が帝大教授に化けた常次朗に語る
~ 「まず、薩長藩閥に牛耳られている軍の古い体質を改革せねばなりません。それは取りも直さず、国家体制の改造であります。そもそも軍隊に、閥というものが あってはならんのです。これは昨今、いたずらに天皇陛下を神格化し、帝国陸海軍を皇軍などと称し、我軍のゆくところ神武東征神話の如くに、可ならざるはな しとする輩(やから)についても、むろん同様です。カエサルが偉大であったのは、彼がローマとローマ人を信じ、決して神を信じなかったからではありません か。そうした伝から申せば、まことにここだけの話ではありますが、美濃部達吉博士の唱える天皇機関説は理に敵っております。統治権の主体は法人たる国家で あり、天皇はその最高機関であります。しからば統帥権においても、主体は法人たる陸海軍だり、大元帥陛下はその最高機関でありましょう。国権の機関を神と するは、きわめて危険な思想です。何となれば、もし万がいち軍が他国との戦に敗れたとき、破れざる神が敗れるという矛盾が生じます。それは軍が敗れたとた ん、ともに国が滅びるということではありませんか。したがって本管は信念に基き、軍内部にはびこる藩閥と、皇道派と称する非合理的派閥を断固排除しま す」~


天切り松が現代の警官たちに語る
~ 「思えば妙だ時代(じでえ)だったなあ。戦争てえ壁の向こうの日本の姿形ァ、今の若え衆(し)にはわかりもすめえが、なあに、想像するほど真暗な時代じゃ あなかった。街にァジャズが流れていて、装いを凝らしたモガやモボが腕を組んで歩っていた。銀座も新宿も、日が昏れりゃあネオンサインの洪水で、フォード やパッカードが派手なクラクションを鳴らして行きかっていいたもんさ」
へえ、とコーヒーをさしかえながら、婦人警官が首をかしげた。
「外来語とか、あんまり使っちゃいけなかったんじゃないですか」
「そ んな無体(むてえ)はずっとあとの話さ。あの時分の若えやつらは、今と同なしに腕を組んで銀座通りを歩き、カフェーでしゃべってシネマを観て、話す言葉 だってやたらと横文字ばかりだったんだぜ。俺っちが住んでいたのは、アメリカがそっくりそのまま引っ越してきたみてえな、自由きままな東京だった。どうも みなさん勘ちげえなすっているようだが、日本がアメリカの猿真似をするのァ、何もきのうきょう始まったこっちゃねえのさ。大正の初めに太平洋航路ができた とたん、日本はアッという間にアメリカ一色に染まっちまったんだね。だから戦争に負けてアメリカになったんじゃあねえよ。元に格好に戻っただけのこった」
さしかえられたコーヒーにしこたま砂糖を入れ、話が見えぬ様子の警官たちを、天切り松は笑いながら見渡した。
「俺ァ、 派手で底抜けなアメリカが好きだ。江戸っ子の趣味にァぴったりなんだね。近ごろじゃあ横文字を日本語に言いかえようなんて、ご苦労な運動があるらしいが の。あれァ年寄りを馬鹿にした話さ。戦時中に育った半端な年寄りならいざしらず、統制前の世の中を知っている俺っちの世代なら、横文字はあんがいわかりや すい」
(中略)
そ のうえ世間と隔離された兵営じゃあ、雑誌も新聞も読ませねえ、本だって政治向きのものァご法度さ。このひでえ話はなぜかってえと、そもそも明治天皇から 賜った軍人勅諭に、政論に惑わず政治に拘らず、てえ一行があるからで、要は軍人なら軍人らしく戦のことばかり考えていろてえこった。ちょいと信じられねえ 話だが、帝国軍人には選挙権だってなかったんだぜ。」
「それじゃ、まるで人権無視ですね」
署長は溜息まじりに言った・
「そ の人権とやらとひきかえに、軍人は天皇陛下と直につながってるってえ名誉をいただいていたのさ。そう思や、やつらは気の毒なエリートだった。同じ歳頃の若 者がモガモボを気取って自由気ままに暮らしているとき、市谷台の塀の中じゃあ軍人勅諭にがんじがらめの子供らが、明治の昔と少しも変わらねえ暮らしをして いたんだ。おそらくそいつらは理屈じゃあなく、てめえとは縁のねえジャズやシネマを、いやさアメリカてえ国を憎んだにちげえねえ」~