2018年4月22日(日) 17:26 JST

「日本企業を見限ったインドの“システム屋”から学んだこと」に思う

日本企業を見限ったインドの“システム屋”から学んだことを読んだ。
佐藤治夫さんという人材派遣会社でCIOを務めた方がNIKKEIBP-ITPROで「システム屋との上手なつきあい方」を説く連載だ。

彼の言い分はこうです。「日本人はシステムやソフトウエアの設計・開発には向いていない。なぜなら、要件を決められないからだ。システムで何をする、どう 実現するということを、選択肢を示して選んでもらおうとしても決めることができない。どの案にも一長一短があり、どれも捨てがたいといって、結局、要件が 定まらない」と言うのです。

著者はこれに対して発想を変えれば日本のシステム屋の生きる道があるのではないかと言う。

日本人は誰かひとりで要件を決めることができない――これを裏返して考えれば、みんなで知恵を出し合い、あるいは責任を分担し合いながらでなければ、「決 める」ことが苦手である、ということになります。ならば、みんなが知恵を出し合うような仕組みを作り、それによって付加価値が高めていくようにすればよい のです。実際に、自動車業界や電機業界などは、現場が知恵を出し合う「カイゼン」「創意工夫提案制度」などの方法論を浸透させ、高い品質と国際競争力が世 界中で認められるようになりました。こうした仕組みをシステム業界にも取り入れられないものでしょうか。

 

もっともらしい話だが、私は、これは望みが薄いと思う。「カイゼン」「創意工夫提案制度」はコストを度外視した仕組みだ。日本的アプローチでインド的?論理的アプローチと同じコストでシステム設計が出来るのか甚だ疑問だ。コスト競争力のない取り組みは現代では意味がないと思う。特にIT市場では。

要件定義や仕様書の取り交わしは、買い手と売り手が技術的なリスクをシェアすることが目的だ。リスクのシェアによってコストを下げる効果があることから広く受け入れられている。子供のように、なんでもかんでも売り手の責に帰すべきと主張する買い手(ユーザー)こそが変わらないといけない、と思う。